越中から情報発信、今と昔
2010 3月26日 13:36 1,958 views
富山といえば、薬売りですよね。300年も前から全国を回って越中の置き薬をセールスしているんだそう。我が家でも、いまだに置き薬を利用させていただいております。

「先用後利」の商売なんだそう。薬箱を置き、使った分だけ、代金を支払う。これがついつい、使ってしまうんですよね。目薬とか、胃薬とか。
薬売りのお方々は、得意先を訪ねては、回ってきた各地のお話をもする。当地の情報も集める。情報の伝わらない時代だけに、メディアとしての役割も果たしていたのでしょうね。
ということで、富山駅前に、薬売りの像がありました。ポストの上にも立脚しておりました。
空港でみかけたポスター、「越中から情報発信」。300年も前から薬売りの人たちによって富山は情報発信していたのですね。日本の情報の中心だったのかも。きっと。
















懐かしいです。
子供の頃、実家にこの銅像と同じような姿で来てました。
やんわりと話される越中言葉、色とりどりのお薬、そしてなんと言っても紙風船を貰えるのを楽しみにしてましたね。
祖母の若い頃にはそのお薬屋さんがお泊りして行ったと聞きました。
きっと全国各地の沢山の情報を聞くことが出来る機会だったんでしょうね。
今の時代、そんな赤の他人を宿泊させることなんてありませんよね。
さゆママさん、コメントありがとうございます。いまじゃ、お若い方が軽自動車で、携帯清算機を持ってやってまいります。新製品のお勧め以外は、あまり会話が成立しないようになってきました。コミュニケーションビジネスのはずなのに。